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第184話(2017年10月)彼岸

耕平さんブログ

皆さん、こんにちは。十月、秋本番ですね。朝晩は肌寒い日が増えました。くれぐれもご自愛ください。

日常会話の中に浸透している仏教用語をお伝えしている今年のかわら版。仏教用語がたくさん定着しているのには驚きます。

先月はお彼岸(ひがん)。お墓参りに行かれた方も多いことと思います。「彼岸」が仏教用語であることは、何となくわかります。

お彼岸は秋分・春分の日を挟んで前後三日間の期間。合計七日間のちょうど真ん中をお中日(ちゅうにち)と言います。お彼岸は中国やインドにはない日本独特の風習。日本古来の習慣が、伝来した仏教信仰と結びついて生まれたようです。

「彼岸」は「向こう岸」という意味です。対(つい)になる言葉は「此岸(しがん)」。「こちらの岸」を意味します。

つまり、人間の世界の「此岸」に対して、仏の世界の「彼岸」。悩ましい人間世界に対して、心穏やかに過ごせる平和な世界。

実は「世界」も仏教用語です。「世界」は、仏教の原典が著されたサンスクリット語で「ローカ・ダーツ」と言います。「ローカ(世)」は「広がりのある空間」、「ダーツ(界)」は「さまざまな存在」。つまり「世界」とは、さまざまな存在で構成される広がりをもった空間という意味です。

さまざまな人間がいるために争いごとが絶えません。争いごとが絶えないのは、それぞれが「自分はこうしたい」「相手は間違っている」と自分の判断基準で物事を考え、「あれがほしい」「これもほしい」「思い通りにしたい」等の欲が絶えないからです。

その悩ましい世界が「此岸」、自分の判断基準で物事を裁かず、欲に囚われない心穏やかで争いごとのない世界が「彼岸」です。

お彼岸には、人間の愚かさ、人間の欲のなせる業に思いを致し、「彼岸」の境地と向き合うことが、仏教信仰と結びついた習慣として定着しました。

何が正しいかは定かでない。自分の考えが正しいとは言えない。いろいろな意見の真ん中に争いごとを避ける知恵と工夫がある。昼夜の長さが同じで、七日間の真ん中に当たるお中日を「お彼岸」としたことに、古代日本人の心の奥深さが感じられます。

半年に一回巡ってくるお彼岸の度に、過去半年間の自分の言動を顧み、争いごとの原因を熟考する機会にできればいいですね。人間だけではありません。世界の国々もそういう姿勢で外交に臨めば、争いごとが少なくなるでしょう。

「世界」のみならず、文中に出てきた「人間」も「知恵」も仏教用語。いやはや、日本語は仏教用語のオンパレード。来月は「人間」についてお伝えします。合掌。


大塚耕平

  • 2002年から「弘法さんかわら版」を書き続けています。仏教に親しみ、仏教から学び、仏教を探訪しています。より良い社会を目指すうえで仏教の教えは大切です。「弘法さんかわら版」は覚王山日泰寺(名古屋市千種区)と弘法山遍照院(知立市)の弘法さんの縁日にお配りしています。縁日はお大師様の月命日に立ちます。覚王山は新暦の21日、知立は旧暦の21日です。
  • 著書に「お大師様の生涯と覚王山」(大法輪閣)、「仏教通史」(大法輪閣)など。全国先達会、東日本先達会、愛知県先達会、四国八十八ヶ所霊場開創1200年記念イベント(室戸市)、中日文化センターなどで講演をさせていただいています。毎年12月23日には覚王山で「弘法さんを語る会」を開催。ご要望があれば、全国どこでも喜んでお伺いします。
  • 1959年愛知県名古屋市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院博士課程修了(学術博士、専門はマクロ経済学)。日本銀行を経て、2001年から参議院議員。元内閣府副大臣、元厚生労働副大臣。現在、早稲田大学総合研究機構客員教授(2006年~)、藤田保健衛生大学医学部客員教授(2016年~)を兼務しています。元中央大学大学院公共政策研究科客員教授(2005年~17年)。