皆さん、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

弘法さんかわら版はまもなく二○〇号を迎えます。節目の今年は覚王山日泰寺の縁起を中心にお伝えします。創刊時にもお伝えしていますが、リメイク版です。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

★「日本」と「タイ」で日泰寺

覚王山日泰寺の縁日には、県内各地からの多くの参拝客に加え、県外や海外からの観光客も訪れます。

覚王山日泰寺の縁日は「弘法さん」と呼ばれて親しまれています。しかし、どうして「弘法さん」の縁日が立っているのでしょうか。

名古屋弁的に表現すると「そりゃあ、おみゃ〜さま、弘法さんがおるんでしょ、日泰寺の中に」と連想する方もいると思いますが、それは違います。

日泰寺本堂に祀られているご本尊は、タイ国王から寄贈された釈尊金銅仏です。

正面にはプミポン国王(ラーマ九世、一九二七〜二〇一六年)直筆の勅額が掲げられており、タイの文字で「釈迦牟尼仏」と記されています。

勅額の両側には、プミポン国王とチュラロンコン国王(ラーマ五世、一八六八〜一九一〇年)のご紋章が輝いています。

さらに、本堂の左側にはチュラロンコン国王の立像(一九八七年建立)があり、タイ国旗が掲げられています。

ここまで書くと、お気づきのことと思います。日泰寺は「日本」と「タイ」で日泰寺です。 なぜ名古屋のこの場所に、「日本」と「タイ」で日泰寺というお寺が創建されたのか。今年の弘法さんかわら版は、その歴史を改めてお伝えしていきます。

★一八九八年(明治三十一年)

お釈迦さまは今から約二五○○年前の人です。本名をゴータマ・シッダールタといい、シャークヤ(釈迦)国の王子として生まれました。

その後、修業の旅に出て覚りを開き、後世、お釈迦さまと呼ばれるようになりました。

仏教、キリスト教、イスラム教は世界三大宗教と言われますが、イエスは約二○○○年前の人、ムハンマドは約一六○○年前の人。お釈迦さまと仏教が一番古い時代です。

西洋では、イエスもムハンマドも実在の人物として扱われてきました。一方、お釈迦さまについては、つい百年ほど前まで実在の人物ではないと考えられていました。日本人やアジアの人々にとっては、意外なことですね。

ところが、今から百二十一年前の一八九八年(明治三十一年)、インド北部、ネパールとの国境付近のピプラーワーという場所でお釈迦さまの遺骨(仏舎利)が発見されました。

日本を含むアジアの仏教国では、仏舎利が伝承されています。その信憑性は高くなく、中には石英やルビーといった鉱石や、人骨ではないものが祀られている場合もあります。

ところが、ピプラーワーで発見された仏舎利は西洋の歴史学、考古学、宗教学の分野でも、本物のお釈迦様の骨(ご真骨)であると認識され、この発見を契機にお釈迦さまは実在の人物であったと考えられるようになりました。

そして、その仏舎利(ご真骨)が覚王山日泰寺に祀られているのです。「どえりゃ〜ことだがや」と思われた人も多いと思いますが、そうです、「どえりゃ〜こと」なのです。

今年の弘法さんかわら版、覚王山日泰寺が建立され、ご真骨が祀られた経緯をお伝えします。実録・覚王山日泰寺縁起です。

★八大聖地

さて、来月は仏舎利が発見されたピプラーワーがどこにあったかをお伝えします。お釈迦さまの八大聖地のひとつ、ルンビニーの近くと言われています。乞ご期待。