耕平さんブログ

第172話(2016年10月)

皆さん、こんにちは。秋も深くなりました。朝晩は冷え込みます。くれぐれもご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
先月までに二百六十六文字について学びました。いよいよ最後の四文字です。
最初に「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」で始まったご心経は、最後に「般若心経」の四文字で終わります。
最初の十二文字の中にも「般若」と「心経」が含まれており、「般若」は広く深い知恵、「心経」は仏様の教えの一番大事な部分をまとめたお経、という意味でした。
言わば、最初に唱えたお経のタイトルを凝縮して、もう一度最後に唱えている格好です。
インドで誕生した仏教。インドから伝わった仏経典はサンスクリット語で書かれていました。それを西域(シルクロード)や中国の僧が持ち帰って漢訳。
般若心経は玄奘(三蔵法師)が持ち帰った「大般若経」の真髄。大般若経は十六部、六百巻。漢字の文字数にして約四百八十万字。
般若心経はそれを二百七十文字に凝縮しています。「般若心経」をそのまま訳せば「お釈迦様の広く深い知恵、仏様の教えの一番大事な部分です」と最後に述べていることになります。
タイトルを最後に繰り返されているのは、インドのお経のつくりと関係しています。
インドでは経典のタイトルは最後に記すのが一般的だったそうです。つまり、中国や日本ではタイトルはお経の冒頭、インドでは掉尾(ちょうび)。
玄奘はこの違いを知っていたため、最後にタイトルを繰り返したと言われています。本来であれば「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」と全てを繰り返してもよかったわけですが、そのまた真髄部分を繰り返して、ご心経を締めくくったということです。ちょっと工夫したという感じでしょうか。
ご心経は何を説いていたのでしょうか。振り返ってみると、私の受け止め方としては、三つのことに集約されると思います。
ひとつは「無」。何かに固執することを戒めています。もうひとつは「空」。空っぽではなく、無限を表す言葉です。三つめは「六波羅蜜行」または「菩薩行」。「無」や「空」の境地に達するために行動することの大切さを諭しています。
以上のことを、繰り返し繰り返し唱えているのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
皆さん、お疲れ様でした。それでは来月までごきげんよう。合掌。


第171話(2016年9月)

皆さん、こんにちは。いよいよ秋本番。朝晩は冷え込む日も出てきます。ご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
先月までに二百五十六文字について学びました。あと十四文字。今月はクライマックス十八文字の後半十文字です。先月号も参考にしてください。
インドから伝わった仏経典はサンスクリット語で書かれていました。それを西域(シルクロード)や中国の僧が漢訳。クライマックスの十八文字はサンスクリット語の原典をそのままの音で漢字を当てているだけです。
「羯諦羯諦(ぎゃーてーぎゃーてー)波羅羯諦(はーらーぎゃーてー)波羅僧羯諦(はらそうぎゃーてー)菩提薩婆訶(ぼーじーそわかー)」の前半八文字は「行こう、行こう、悟りの境地へ行こう」でしたね。
では「波羅僧羯諦」はどう意味でしょうか。「悟りの境地へ行こう」の「波羅羯諦」の真ん中に「僧」という字が入っています。
漢訳の「僧伽(そうぎゃ)」はサンスクリット語の音で「サンガ」。「仲間」とか「みんな」という意味。ここのくだりの「僧」は「僧伽」の「伽」を略しているので「波羅僧羯諦」は「みんなで悟りの境地へ行こう」という意味になります。
「菩提」は「仏様の住む世界」。「菩提寺」の「菩提」と一緒です。ご先祖様(仏様)をお祀りしているので菩提寺。
次の「薩婆訶」は「成就する」とか、成就したことに感謝する「ありがとう」という含意もあるようです。
「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」は「行こう、行こう、悟りの境地へ行こう、みんなで行こう、悟りの境地へ行き着こう、ありがとう」という感じでしょうか。
数年前、ご心経の英訳に接する機会があり、「眼からウロコ」というか、この部分の雰囲気がよくわかりました。
英訳では「ゴー・ゴー・レッツゴー・ツゥ・パラダイス、サンキュー」。「羯諦(ぎゃーてー)」は英語の「ゴー」、「波羅蜜多(ハラミッター)」は「パラダイス」に転化したという言語学の解説がよく理解できました。
大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二六十六文字について学びました。いよいよあと四文字。来月で完結です。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第170話(2016年8月)

皆さん、こんにちは。立秋も過ぎましたが、まだまだ暑い日が続きます。くれぐれもご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
先月までに二百四十八文字について学びました。あと二十二文字。今月と来月はいよいよクライマックス。ご心経の真髄が凝縮されている部分です。
最も難解な「羯諦羯諦(ぎゃーてーぎゃーてー)波羅羯諦(はーらーぎゃーてー)波羅僧羯諦(はらそうぎゃーてー)菩提薩婆訶(ぼーじーそわかー)」の十八文字。今月は前半の八文字です。
インドから伝わった仏経典はサンスクリット語で書かれていました。それを西域(シルクロード)や中国の僧が漢訳。
しかし、この十八文字は音写されています。サンスクリット語の原典をそのままの音で漢字を当てているだけです。
サンスクリット語の発音をカタカナ表記すれば「ガテーガテーパーラガテーパーラサンガテーヴォーディスヴァーハー」となるそうです。
さっぱりわかりません(笑)。世界の言語は微妙な接点があります。「ガテー」は英語の「ゴー」に転化したと言われており、つまり「行く」という意味です。ということで「羯諦羯諦」は「行こう、行こう」と呼びかけているのです。
次の「波羅」は「波羅蜜多」の前半二文字。「波羅蜜多」はここまでに六回登場しています。覚えていますか。
こちらの岸(此岸、しがん)からあちらの岸(彼岸、ひがん)に渡ること。つまり、彼岸に渡って悟りの境地に達することです。
「波羅」は後半二文字を省略して「悟りの境地」を意味していますので、「波羅羯諦」は「悟りの境地を行こう」となります。
「羯諦羯諦波羅羯諦」は「行こう、行こう、悟りの境地へ行こう」。そりゃあ、悟りの境地に至れば嬉しいですよね。でも簡単ではありません。
大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百五十六文字について学びました。あと十四文字。来月はクライマックスの後半十文字。乞ご期待。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第169話(2016年7月)

 皆さん、こんにちは。いよいよ夏本番。暑さに負けず、頑張りましょう。くれぐれもご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
先月までに二百四十四文字について学びました。あと二十六文字。いよいよ佳境に向かいます。今月は「即説呪曰(そくせつしゅーわつ)」の四文字です。
孫悟空に登場する三蔵法師。インドから多くのお経を持ち帰った玄奘(げんじょう)という実在の高僧がモデルになっています。
持ち帰ったお経の中でもとくに重要なものが「大般若波羅蜜多経」。全部で六百巻、二百六十五章、千二百九十七の項から構成される大経典。文字数は六十億四十万字と言われています。もちろん、数えたわけではありません(笑)。
その大経典の内容を凝縮し、教えの真髄を二百七十二文字(題目の十文字を除くと二百六十二文字)の「真言」または「呪文」に要約したのが「般若心経」です。
その佳境、クライマックスですから、何と言いましょうか、凝縮のうえに凝縮した濃厚な原液を固めた丸薬のようなくだりです。何だか、テレビショッピングで宣伝している栄養素を凝縮した健康食品、健康薬のようですね(笑)。
「即」は文字通り「すなわち」、「説」は「述べる」、「呪」はこれまでに何回も登場しましたが、呪文の「呪」。神仏の不思議な言葉、真実の言葉を意味します。「真言(しんごん)」も「呪」と同じです。
「曰」も読んで字の如く「いわく(曰く)」。つまり、「即説呪曰」は、ここまでの二百四十四文字のいよいよ結論に入る前に、「すなわちこの呪文は次のことを述べているのです」と前置きしているのです。
そして、そのあとに来るのがクライマックスの十八文字(羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶)と締めの四文字(般若心経)。来月以降のお楽しみです。
大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百四十八文字について学びました。あと二十二文字。来月はご心経のクライマックス。流れるようなリズムで音読する十三文字についてです。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第168話(2016年6月)

皆さん、こんにちは。いよいよ梅雨ですねぇ。神経痛などが出やすい季節です。くれぐれもご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
今月は「故説般若波羅蜜多呪(こーせつはんにゃーはーらーみーたーしゅー)」の九文字。この九文字は、これまでの復習のようなくだりですね。
「故」は読んで字の如く「ゆえに」という意味です。「したがって」とか「だから」ということですね。
「説」も読んで字の如く「説(と)く」です。
「故説」で「だから説きます」となりますが、何を「説く」のでしょうか。そうです、もちろんその後に続く「般若波羅蜜多呪」を「説く」のです。
「般若波羅蜜多」は六回目の登場です。五回目のくだりでも申し上げたように、もうすっかり理解した、身についたと思いたいところですが、ご心経は奥深いので、何度も復習が必要です。
「般若」は広く深い知恵のこと。「波羅蜜多」はこちらの岸(此岸、しがん)からあちらの岸(彼岸、ひがん)に渡ること。つまり「般若波羅蜜多」は広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達すること。
「呪」もちょっと前の箇所で登場しました。「呪」は呪文の「呪」。神仏の不思議な言葉、真実の言葉を意味します。「真言(しんごん)」も「呪」と同じです。お寺の名前によく聞く「総持(そうじ)」「持明(じみょう)」なども「呪」「真言」と同じ意味(神仏の不思議な言葉)を意味することもお伝えしましたね。
ということで、「故説般若波羅蜜多呪」は「だから、広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達する真実の言葉を説きます」となります。
「だから」というのは、ここまでの二百三十五文字で述べてきたことの全体を受けています。ご心経(つまり「般若波羅蜜多」の「呪」)は本当に素晴らしい仏様の教えなので、それを説きます。と改めて決意のほどを述べているのがこのくだりです。
大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百四十四文字について学びました。あと二十六文字。いよいよ佳境、クライマックスです。頑張りましょう。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第167話(2016年5月)

皆さん、こんにちは。早くも初夏。日々、朝晩の寒暖差の大きい季節です。ご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
今月は「能除一切苦(のうじょーいっさいくー)真実不虚(しんじつぶっこー)」の九文字。
この九文字は、漢字の意味を考えると分かりやすい部分です。
「能」は「効く」とか「しっかり」「よく」というような意味です。薬の「効能」の「能」を連想してください。
「除」は読んで字の如く「除く」です。何を「除く」のか。そうです、「一切苦」つまり「全ての苦しみ」をです。
なるほど「能除一切苦」は「全ての苦しみをよく取り除く」ということですが、それはありがたい。でも、それって本当ですかとつい問い返したくなる私たち衆生(しゅじょう、大衆)の気持ちを先取りして「真実不虚」。
「真実」はそのまま、「本当ですよ、真実ですよ」と言っています。
「不虚」もそのまま、「虚(うそ)では不(ない)」と言っています。
すなわち「能除一切苦真実不虚」は「全ての苦しみを取り除いてくれますよ、本当ですよ、虚ではありませんよ」と私たちに語りかけています。
「何が」でしょうか。その主語は「ご心経(般若心経)」です。ご心経を信じて唱えれば、「全ての苦しみを取り除いてくれますよ、本当ですよ、虚ではありませんよ」ということを諭しています。
では、ご心経は何を説いているのでしょうか。ご心経は仏様の教えの真髄。仏教は何を説いているのでしょうか。
それは、ここまでの二百二十六文字が様々に説いています。例えば「色不異空空不異色色即是空空即是色」のくだりも真髄ですね。他の部分も様々に真髄を説いています。
ご心経には登場しませんが、仏教にご関心の高い皆さんがよくご存じの「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」「一切皆苦」の四大原則(四法印)も真髄ですね。
大衆(人々)が救われ、世の中(社会)の争いごとを少なくするためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百三十五文字について学びました。あと三十五文字ですね。頑張りましょう。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第166話(2016年4月)

皆さん、こんにちは。春真っ盛りですが、朝晩は冷え込む日もまだあります。ご自愛ください。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
今月は「是大明呪(ぜーだいみょうしゅ)是無上呪(ぜーむーじょうしゅ)是無等等呪(ぜーむーとうどうしゅー)」の十三文字。
先月はこの十三文字の直前にある「是大神呪(ぜーだいじんしゅ)」を学びました。
「是大神呪」は「是(これ)」は偉「大」な「神」仏の「呪」「真言」です、ということでしたね。
「明」は「覚り」とか「心の平穏」を意味するそうです。「無上」は「この上なき(最高の)」、「無等等」は「比較するものがない」という意味です。
ここまでわかれば理解できます。
「是大明呪」は「是(これ)」は偉「大」な「覚り」の「呪」「真言」。
「是無上呪」は「是(これ)」は「この上なき最高」の「呪」「真言」。
「是無等等呪」は「是(これ)」は「他に比較するものがない」ほどの「呪」「真言」。
そうです。「是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪」の十七文字は、ご心経に対する畏敬の念を込めた賛辞と言えます。
人間も自然の一部に過ぎないことを体得することを「縁覚(えんがく)」、説法を聞いて覚りを開くことを「声聞(しょうもん)」と言います。
縁覚や声聞によって得られる覚りの真髄こそが「呪」「真言」。
仏の心も、自分の心も、他人(大衆)の心も同じ心。「三心平等」だからこそ、大衆の苦悩は自分の苦悩。苦しむ大衆を救いたい。それがお釈迦様の「ご誓願(せいがん)」です。
そんなお釈迦様のお気持ちを伝える「呪」「真言」なので、「無等等」つまり「他に比較するものがない」ほどの「呪」「真言」。それがご心経です。
そして、大衆が救われるためには、一人ひとりの心の持ちよう、生き方、人間哲学が大切です。それを説くのがご心経です。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百二十六文字について学びました。あと四十四文字ですね。頑張りましょう。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第165話(2016年3月)

皆さん、こんにちは。今年もご祥当がやってきました。ご祥当になると春本番ですね。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
今月と来月は「是大神呪(ぜーだいじんしゅ)是大明呪(ぜーだいみょうしゅ)是無上呪(ぜーむーじょうしゅ)是無等等呪(ぜーむーとうどうしゅー)」の十七文字。
中でも今月は最初の四文字「是大神呪」だけを深掘りしたいと思います。そうすることで、あとの十三文字がわかりやすくなります。
最後の文字「呪」は呪文の「呪」。神仏の不思議な言葉を意味します。「真言(しんごん)」も「呪」と同じです。ちなみに、お寺の名前によく聞く「総持(そうじ)」「持明(じみょう)」なども「呪」「真言」と同じ意味(神仏の不思議な言葉)を意味します。
そもそも、お釈迦様の「呪」「真言」は古代インドの言語である梵語(サンスクリット語)で書かれていました。梵語で「呪」「真言」のことを「ダラニ」と言い、これを音写して漢字を当てたのが「陀羅尼」です。
ご心経の大事な一節「摩訶般若波羅蜜多(まかはんにゃはらみった)」は梵語をそのまま音写したもの。
今から千三百五十年ほど前、ご心経を漢訳した玄奘三蔵。お釈迦様の「呪」「真言」に当たる部分はあまりに意味が深淵でとても訳しきれないことを覚り、「摩訶般若波羅蜜多」はそのまま音写したのです。
「呪」「真言」を表した「ご心経」は、そういう深~いお経です。したがって「是大神呪」は「是(これ)」は偉「大」な「神」仏の「呪」「真言」です、ということを述べています。
ということが理解できると、残りの十三文字「是大明呪是無上呪是無等等呪」も何となく想像できませんか。答えは来月のお楽しみです(笑)。
他の宗教の経典も同じような面があります。言わば、キリスト教の聖書はエホバの神の「真言」、イスラム教のコーランはアラーの神の「真言」。もちろん、仏教経典はお釈迦様の「真言」。その中でも、ご心経は「真言」中の「真言」です。
しかし、お釈迦様の教えの最大の特徴は、人の心の持ちよう、生き方、人間哲学を説いていることです。他の宗教とは少し(あるいは本質的に)違う面もあります。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百十三文字について学びました。あと五十七文字ですね。頑張りましょう。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第164話(2016年2月)

皆さん、こんにちは。 節分も過ぎ、春が待ち遠しい季節ですが、まだまだ寒い日が続きます。くれぐれもご自愛ください。

昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。 生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です 。今月は「故知般若波羅蜜多(こーちーはんにゃーはーらーみーたー)の八文字。

「般若波羅蜜多」は五回目の登場です。すっかり理解した、身についたと思いたいところですが、ご心経は奥深いので、何度も復習が必要ですね。 「般若」は広く深い知恵 のこと。「波羅蜜多」はこちらの岸(此岸、しがん)からあちらの岸(彼岸ひがん)に渡ること。つまり「般若波羅蜜多」は広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達すること。

「故」と「知」は文字どおり。「般若波羅蜜多」を「知」るが「故(ゆえ)」にということですね。ご心経には「般若波羅蜜多」が六回、「無」が二十一回、「空」が七回も登場します。たくさん登場するということは、きっと大切なことだからでしょう。そういえば、お大師様は若い頃に「無空」と名乗っていました。

私たちの体(からだ)は 「色受想行識(しきじゅそうぎょうしき)」の「五蘊(ごうん) 」からなり、「眼耳鼻舌身意(げんにびぜ っしんに)」という「六感」 で、「色声香味触法(しきしょうこうみそくほう)」を感じます。

そこから、さまざまな煩悩、欲望、四苦八苦が生じます。しかし、からだが無(亡)くなってしまえば、つまり「空」になれば「五蘊」も「六感」もなく、煩悩、欲望、四苦八苦からも解放されます。そうした本質を知ることが「般若波羅蜜多」です。

難しいようで、何かわかったような、わからな いような...(笑)。是非、去年のかわら版で関係する部分を復習してみてください。そして「般若波羅蜜多」を体得するための修行が 「波羅蜜多行」。布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじ ょう)、知恵(ちえ)の六つの行動、すなわち覚り を得るための「菩薩行」です。

実際に無(亡)くなることなく、「無空」の本質を覚り、多くの人が「俺が俺が」の我欲から解放 されれば、社会や人間関係はきっと争いごとが少なくなるでしょう。

おまじないを一句「おれがおれがのがを捨てて、おかげさまでのげで生きよ」。

多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百十七文字について学びました。あと六十一文字ですね。頑張りましょう 。それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


第163話(2016年1月)

皆さん、あけましておめでとうございます。今年も初弘法がやってきました。かわら版、今年もどうぞよろしくお願いします。
昨年から般若心経の意味を学んでいるかわら版。生き方や社会のあり方を考える際の道標(みちしるべ)です。
今月は「三世諸仏(さんぜーしょーぶつ)依般若波羅蜜多故(えーはんにゃーはーらーみーたーこー)得阿耨多羅三藐三菩提(とくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい)」の二十二文字。
「三世」は過去、現在、未来。つまり「三世諸仏」は過去、現在、未来の様々な仏様。ここは文字どおりです。
さて「般若波羅蜜多」は四回目の登場。その前後に「依」「故」をつけた「依般若波羅蜜多故」は前々号でも登場しました。復習しましょう。
「般若」は広く深い知恵のこと。「波羅蜜多」はこちらの岸(此岸、しがん)からあちらの岸(彼岸、ひがん)に渡ること。つまり「般若波羅蜜多」は広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達すること。
残るは「依」と「故」。これも文字どおりの意味でしたね。つまり「三世諸仏」は広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達することに「依」るが「故」に「阿耨多羅三藐三菩提」を「得」ることになります。
では「阿耨多羅三藐三菩提」とは何でしょうか。これはサンスクリット語の「アヌッタラー・サムヤクサンボーディ」を音訳したものだそうです。
その意味は「無上・最高の悟り」。それ以上はない究極の悟り。「真理」と言ってもよいでしょう。
ここまでくれば、今月の二十二文字も何となく理解できます。
過去、現在、未来の諸仏は、広く深い知恵で彼岸に渡って悟りの境地に達するので、この上ない真理を得ることができるのです。
それはそうですよね。三世諸仏、つまり仏様たちです。真理を得るのは当然のこと。また、そうでなければ仏様になれません。
「そうか、仏様の話なら関係ないや」と思わないでください。人は誰でも心の中に仏性(ぶっしょう)が宿っています。その仏性を開くことができるかどうか、気づくことができるかどうかが大切なのです。今月の二十二文字、三世諸仏に限ったことではなく、私たち全員に関係しています。
多くの人に親しまれるご心経。ここまでで二百五文字について学びました。あと七十三文字ですね。今年も頑張りましょう。
それでは皆さん、来月までごきげんよう。合掌。


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大塚耕平

  • 2002年から「弘法さんかわら版」を書き続けています。仏教に親しみ、仏教から学び、仏教を探訪しています。より良い社会を目指すうえで仏教の教えは大切です。「弘法さんかわら版」は覚王山日泰寺(名古屋市千種区)と弘法山遍照院(知立市)の弘法さんの縁日にお配りしています。縁日はお大師様の月命日に立ちます。覚王山は新暦の21日、知立は旧暦の21日です。
  • 著書に「お大師様の生涯と覚王山」(大法輪閣)、「仏教通史」(大法輪閣)など。全国先達会、東日本先達会、愛知県先達会、四国八十八ヶ所霊場開創1200年記念イベント(室戸市)、中日文化センターなどで講演をさせていただいています。毎年12月23日には覚王山で「弘法さんを語る会」を開催。ご要望があれば、全国どこでも喜んでお伺いします。
  • 1959年愛知県名古屋市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院博士課程修了(学術博士、専門はマクロ経済学)。日本銀行を経て、2001年から参議院議員。元内閣府副大臣、元厚生労働副大臣。現在、早稲田大学総合研究機構客員教授(2006年~)、藤田保健衛生大学医学部客員教授(2016年~)を兼務しています。元中央大学大学院公共政策研究科客員教授(2005年~17年)。